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レベデンコ戦闘車「戦車のツァーリ」
「モウスト・ビザー・アーマード・ビークル」とも称され、1917年にロシアで設計されたレベデンコ戦闘車は、当時の常識、塹壕戦における必殺の兵器として作られたものだ。
帝政ロシア国防省中央試験開発委員会委員長N.Nレベデンコにより計画、設計された本車は一言で言い表せば「三輪車」「オーディナリー型自転車」のような奇抜な形態をしていた。
250馬力ガソリンエンジンによって駆動される直径9m(!)の駆動輪が二つ車軸を介して並び、それを本体からのびたアームが支える。
左右への操行は各々の駆動輪の速度差を利用したと思われる。
その本体(自転車に例えればサドルの部分となる)には小口径の砲と機関銃が装備される。さらにその向こうにもアームがのび、ロードローラーのような形の車輪が二つの巨大な駆動輪とともにこの車体を支える。
この形から分かるように、塹壕に篭った敵兵を頭上から粉砕することを狙ったのである。模型を見た皇帝のお気に入りだった本車は開発中に二度の政変が起きたが、ケレンスキーの臨時革命政府もレーニンのボルシェビキ政府もこのプランを引き継ぎ推進、1922年には重量40tにおよぶ試作車が完成(1915年夏に完成とする資料もあり、それによれば設計から一年足らずで完成したとされている)、野外走行試験が行われた(帝政時代に開発が中止されたかのように扱われている場合もある。実際どうだかは分からない)。が、その結果は「後輪が溝にはまって動けなくなった」というものであった。
前述のように皇帝に気に入られたことから「戦車の皇帝(Tsar)」と名付けられ、期待された本車は1923年まで改修と試験が繰り返され、25万ルーブルに及ぶ莫大な資金がかけられたが、ルノーFTやホイペットといった実用的な戦車が見聞され、捕獲、装備するにいたったため「敵火力に対し、脆弱である」という理由で計画は中止された。
ちなみにこのプロジェクトには後のソ連航空エンジン開発の第一人者となる若きエンジン技術者、アレクセイ・ミクーリンが加わっていた。
レベデンコ戦闘車・性能諸元
全長:17.75m
全幅:12.5m
重量:40t
最大速度:20q/h
兵装:小型砲2〜3 機関銃3〜4
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